« 公園保存蒸気 58683 佐倉 高崎川南公園 | 2014年7月 1日 (火) 05時51分, こんにちは~。モモパパです。 マスダっち1971 | 2014年7月 2日 (水) 05時27分, B767しゃん、おはようございます(^^)またお邪魔致しますm(_ _)mいわれてみりゃそうですわな、スカイブルーなんだけど、常磐線のエメラルドグリーンにも見えますが。でも…スカイブルーの103系なんですよね。1番上の画像の頃は、「洋光台」か「大船」まで開通していた頃ですかね。, 投稿: 【TOMIX】国鉄103系通勤電車(高運転台ATC車・スカイブルー)<92514他>, 現在京浜東北線が通る鶴見(横浜)に住んでいながら、なかなか導入しなかった103系。本当はもう少し早く導入したいところでしたが、他の車両に目移りしていまして、やっと入線した形になりました。, 「この色が青梅線を走っていた」というのは地元の人しか知らないと思いますのでちょっと説明。, 京浜東北線のATC化に伴う高運転台車両の導入に伴い、先頭で頑張って居た103系初期車が非冷房のモハユニットともに、一部青梅線へ転属してきました。ただし中間閉じ込めだった低運転台初期車は、一部を除きそのままだったと。, 青梅線に転属時は「スカイブルーのままで誤乗ステッカー無し」で、数年後に塗り替える形となりまして、短い期間だったと記憶しています。, と言う事で低運4連は、「青梅線転属組」「中間閉じ込め組」に分かれた形ですね。当然時期も同じです。, なお付属の車番から実際の編成が組めないため、蒲田電車区所属の車番で構成する形を取りました。, もちろん実車で合った並びです。「ワリトー」「リットー」の白い扇風機カバーがある編成でした。, PS:撮影位置がいつもと違うのは・・・、明日の本ブログのネタ予告が入っている関係です。, Yahoo!ブログ廃止で、移転してきました。某ブログの裏面という位置づけで、鉄道絡み以外の内容も、柔軟に対応しています。. ‰¡•lü205Œn ‘S•Ò¬ˆê‹“ŒöŠJ 表1 クモハ103 1~34ユニット までの製造、配置データ ... この間の増備で600両を超える103系が京浜東北線に投入され、浦和区、蒲田区に加えて下十条区にも投入されました。 京浜東北線南浦和行 鶯谷. 1977年度 山手線の103系 低運転台の編成表を書きます。 クハ103-49 モハ103-49 モハ102-49 サハ103-49 モハ103-214 モハ102-369 サハ103-50 モハ103-50 モハ102-50 クハ103-50 22編成で 真ん中もモハを抜いて 赤羽線32編成へ クハ103 そうです、まだ旧塗装の野田線ですね。あの頃は、国鉄一辺倒、あるいは撮っても西武だけと言った感じで東武の車両まではカメラに収めなかったのが今となっては残念です。, 投稿: 103系 民営化直前の3月の東京駅。103系や165系が当たり前に見ることが出来ました。 当時、京浜東北線といえばこの顔ばかりでした(桜木町駅・'90年8月15日)。 209系が入線を始めた頃。まだまだ健在でした(西日暮里駅・'93年12月 マスダっち1971 | コンパクトカメラで撮った現在とちょっと昔のフツーの列車写真を載せて、ただただ書きつづるブログ, こんばんは。首都圏で当たり前の存在だった103系が次々と姿を消していった当時、新しい世代の車両になかなか見慣れなかったのではないでしょうか。それくらいにどの路線でも走っていて、通勤電車と言えば必ず想起する程に103系は意識しない存在でした。今では、京浜東北線には2世代後の車両が走っていると思えば、車両の入れ替えも随分早くなったものです。お写真、楽しませて頂きました。今後とも、宜しくお願い致します。風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/?pc, コメントは管理人が通知メールを確認後掲載可否の判断をします。表示まで日数がかかったり、非掲載となる場合があります。管理人はコメントへの返信必須のスタンスではありませんが、掲載した場合は「コメントありがとうございます」の意味がこもっていますので、予めご了承下さい。, (サービス提供側の都合により、2016年8月下旬以降編集が不便な状態になっています), ★記事内の写真はコンパクトカメラ(開設当初はレジャー用、2011.11.12よりネオ一眼)で撮影。画質や撮り方を自慢するようなレベルではありません。トリミング・レタッチもしています。. B767-281(クハ415-1901) | | 1989年のDüsseldorf Airport その8 Lufthansa DC-10 », 通勤電車103系のシリーズ、前回の記事で記述しましたように、昭和39年度第3次債務予算までは山手線のみに投入され、形式もクハ103、モハ103/102、サハ103のみの比較的すっきりした構成でした。, クハ103は-74(東急)、モハ103/102ユニットは-73(帝車)、サハ103は-72(帝車)まで製造され、すべてのラストナンバーが1965年8月25日落成でした。, どうみてもスカイブルーではなくエメラルドグリーンのような色ですが,印画紙で保存していた写真からスキャンしたものでいまはこんな色になってしまいました。, 大宮駅の京浜東北線、まだ東武野田線ホームが京浜東北線のホームと大きくオーバーラップしていた頃です。, 続いて昭和40年度第1次民有予算で製造されたロットからは京浜東北線投入用にクモハ103が製造開始され、クモハ103-モハ102が34ユニット、モハ103-モハ102が17ユニット(モハ103は-90までモハ102は-124まで)、クハ103が-91まで、サハ103が-89まで製造されました。これら全車は浦和および蒲田電車区に配置されました。, ←大宮 Mc-M' Mc-M'-T-M-M'-Tc  磯子→    でした。まだ、後に登場する磯子よりのクハ103-500番台は未登場でした。, このときに京浜東北線用に配置された方向転換可能な基本番台のクハ103-75~91のその後を調べて見ると、多くは1977年頃、神領区に転属して名古屋地区で活躍しており、一部は同じ頃、鳳区や東神奈川区に転属となっています。, 製造所、編成ごとにモハ102の番号が割り当てられているのが想像できます。また所々に相手方の番号が逆になっているものもみられます。, 続く昭和40年度第2次民有予算で磯子よりの片渡り(方転不能)のクハ103-500の製造が開始され、クハ103-92からの両渡り車は昭和42年度本予算の-114まで山手線用に池袋、品川区に新製配置され、同時期にクモハ103-モハ102はクモハ103の133まで、モハ103-モハ102はモハ103の159まで、クハ103-500番台は616まで、サハ103は225まで製造されています。さらに昭和42年度本予算では力行55段の超多段バーニア制御器CS30を搭載した試作モハユニット911~913も製造され、品川区に新製配置されています。, 昭和40年度第2次民有 クハ103-501~538  クモハ103-35~40 モハ103-91~98 モハ102-125~148 サハ103-90-127昭和40年度早期債務  クハ103-539-543 クモハ103-51~61 モハ103-99~103 モハ102-149~164 サハ103-128-132昭和40年度第2次債務 クハ103-92, 93, 544~563 クモハ103-62~81 モハ103-104~115 モハ102-165~196 サハ103-133~154昭和41年度本予算 クハ103-564~583 クモハ103-82~101 モハ103-116~125 モハ102-197~226 サハ103-155~174昭和41年度第1次債務 クハ103-94~102, 584~616 クモハ103-102~133 モハ103-126~150 モハ102-227~283 サハ103-175~213昭和42年度本予算 クハ103-103-114 モハ103-151~159 モハ102-284~292 サハ103-214~225 モハ103-911~913 モハ102-911~913, この間の増備で600両を超える103系が京浜東北線に投入され、浦和区、蒲田区に加えて下十条区にも投入されました。, ←大宮 Mc-M'-T'c  Mc-M'-T-T-M-M'-Tc  磯子→     3+7編成←大宮 Mc-M'-T-T-M-M'-T-M-M'-T'c  磯子→      10両貫通編成, この間の山手線の増備は上記の予算と番号の関係からも分かるように京浜東北線の増備に押されてボチボチという感じであったことがわかります。, 山手線の10連運転は1967年4月20日から開始されていますが、この頃の103系は運行窓の最後の桁の窓を赤くした表示で対応していたのを憶えています。山手線の完全103系化や完全10両編成化はその後の常磐線への103系投入もあり、足踏み状態でした。, にほんブログ村 最後まで読んで戴きありがとうございます。上のリンクをクリックされると面白い鉄道記事満載のブログ村に飛ぶことができます。, B767さん、おはようございます(^^)お邪魔致しますm(_ _)m京浜東北線の103系の登場ですな‼︎大宮で微かに見える東武野田線の車両の色が旧塗装ですね。, 投稿: 1日3往復で、運転終了後は池袋駅で展示された。使用車両は103系で、先頭車に京浜東北線から、中間車に埼京線からの車両を組み込んだ編成で運転された。車内にはjr東日本の安全への取り組みや鉄道に関する資料、模型などが展示された。 残念ながら京浜東北線の209系の写真は1枚も撮れていない。 103系(大宮・1994.10.9) JR東日本の103系で晩年まで残った車両は、正面の窓類が金属押さえになったものが多かった。Hゴムも白の生産がなくなっているため交換をすると黒 103系: 民営化直前の3月の東京駅。103系や165系が当たり前に見ることが出来ました。 当時、京浜東北線といえばこの顔ばかりでした(桜木町駅・'90年8月15日)。 209系が入線を始めた頃。まだまだ健在でした(西日暮里駅・'93年12月31日)。 この記事へのトラックバック一覧です: 通勤電車シリーズ 103系 2 京浜東北線 その1 非ATCの時代: 1989年のDüsseldorf Airport その8 Lufthansa DC-10 », 2019年8月の岡山・広島・鳥取・兵庫旅行 17 加古川線の旅 西脇市まで往復 その2 103系3550番台, 旅客機 Douglas DC-9/MD-80 series/MD-90/Boeing 717, 西武多摩川線から1245Fが多摩湖線へ,1249Fが多摩川線に行った10月の車両交換, 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 34 飯山駅そばに保存されるC56 129号機, 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 32 豊野公民館に保存される9646号機, 2018年晩夏 長野県内の保存蒸機を見て歩く旅 31 特急「しなの」で活躍する383系. (ウェブ上には掲載しません). 2014年7月 3日 (木) 05時29分, メールアドレス: この編成は東神奈川電車区所属 かつては「蒲田」「東神奈川」の両区で 運用を分担されていたが、後に蒲田に統一 され18本の編成が蒲田に集結した この時の蒲田区には京浜東北線用を含め 422両の103系が集まっていました 京浜東北・根岸線では1989年から1996年まで運用されていた。 京浜東北・根岸線、横浜線へのe235系投入とe233系の中央・篠ノ井・大糸線、上越・両毛・吾妻線、仙石線、房総各線への転用を、東海道・高崎・宇都宮線へのe235系投入計画と併せてまとめる予定です。 19–œl‚²æŽÔ’B¬‹L”O 2014年7月 2日 (水) 10時19分, 不思議なことに富士だったかサクラだった憶えていないのですが,どちらかの印画紙にスカイブルーの色の組み合わせが、こういった経年変化を起こすようです。, 投稿: トップページ 京浜東北線のATC化に伴う高運転台車両の導入に伴い、先頭で頑張って居た103系初期車が非冷房のモハユニットともに、一部青梅線へ転属してきました。ただし中間閉じ込めだった低運転台初期車は、一部を除きそのままだったと。 B767-281(クハ415-1901) | ⑦ 京浜東北線が浦和区へ統合配置されたので、蒲田区は横浜線専用の配置区となり京浜東北線との共通予備は無くなった。 <蒲田電車区横浜線103系編成表 昭和61年4月1日> ⑧ 205系導入により103系176両が 東カマ8編成~25編成:平成元年2月までに蒲田電車区に配置 (全編成205系化) : by 中山駅中線 . 81 京浜東北・根岸線103系編成表 1981(昭和56)年4月1日の編成表です。 同線のATC化のため昭和56年1月~同年3月にかけて下十条区・蒲田区の編成を対象にそれまでの基本7両+付属3両の編成から基本6両+付属4両へ組替が実施さ Copyright © CyberAgent, Inc. All Rights Reserved. 京浜東北線(けいひんとうほくせん)は、埼玉県さいたま市大宮区の大宮駅から、東京都千代田区の東京駅を経由して神奈川県横浜市西区の横浜駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)が運行する電車線の運転系統の通称である。大宮駅 - 東京駅間は東北本線の、東京駅 - 横浜駅間は東海道本線の一部である。駅ナンバリングで使われる路線記号はJK。, 運行形態は横浜駅 - 磯子駅 - 大船駅間の根岸線と一体であり、合わせて京浜東北・根岸線と呼ばれる場合や、根岸線も含めて「京浜東北線」と記載される場合もある。以降、必要に応じて根岸線区間も含めた大宮駅 - 大船駅間の状況について記す。, 東京の都心を南北に縦貫し、北は埼玉県さいたま市、南は神奈川県横浜市・鎌倉市まで結ぶ。ラインカラーはスカイブルー(■)で、車両の車体帯の色や駅施設などにおける案内に使用されている。, 1914年(大正3年)12月20日の東京駅開業と同時に「京浜線」として東海道本線東京駅 - 高島町駅(現存せず)間で開始された電車運転が起源であり、その後北は東北本線大宮駅、南は根岸線大船駅まで運行区間が延伸されて1973年(昭和48年)に現在の運行形態となった。2014年には運行100周年を迎えた。, 「京浜東北線」の名称は、その運行区間である東京と横浜間を結ぶことに拠る『京浜』と、東北本線の電車線であることに拠る「東北」からなる(名称の経緯は「#歴史」節も参照)が、これは旅客案内上の通称であり、正式な線路名称は東京駅 - 横浜駅間が東海道本線、東京駅 - 大宮駅間が東北本線である。一般的には運営事業者(JR東日本)はもとより、国土交通省や関係する各鉄道事業者、マスメディアなどが『京浜東北線』の名称を使用するため、この名称が定着している。そのためか、一部の乗換案内では省略されている。[注 1], 長い間東京の中心部を南北に縦断し埼玉県域と神奈川県域を結ぶ唯一の鉄道運行系統であったが、2001年の湘南新宿ライン運行開始、東京都心の地下鉄線と郊外の鉄道各線との直通運転実施[注 2]、2015年に上野東京ラインとして開始された東北本線と東海道本線間の中距離電車の相互直通運転[報道 1]、さらには2019年11月末の埼京線・川越線と相模鉄道の相互直通運転開始等により、京浜東北線の縦貫線としての役割は分散されている。, 山手線が並行する田端駅 - 品川駅間は旅客営業規則の定める「東京山手線内」に含まれ、区間外よりも安い運賃体系となっている。, 大宮駅 - 横浜駅間では、京浜東北線は東北本線・東海道本線の電車線として全区間で独立して走行できる専用の複線が確保されている。田端駅 - 品川駅間では、東京都心を環状運転する山手線と並行するが、このうち品川駅と高輪ゲートウェイ駅以外では、同線と同一ホームでの乗り換えが可能な方向別配線となっており、旅客の利便性が図られている。また全区間で、主要駅のみに停車する中距離電車の系統である宇都宮線・高崎線・東海道線(上野東京ライン、東北本線・東海道本線の列車線)に対する各駅停車としての役割を担っているが、これらの路線との接続は図られていない。, 一般的に日本の鉄道では当該路線の起点駅から離れていく列車を「下り」、その逆を「上り」としているが、東北本線と東海道本線の起点となる東京駅を挟んで運転する京浜東北線にはこの定義は当てはまらない。したがってJR内部では大船方向への電車を「南行」(なんこう・みなみゆき)、大宮方向への電車を「北行」(ほっこう・きたゆき)と呼んで区別している。ただし、旅客案内上は原則として「大船方面行」「大宮方面行」などと表現される(他の同様な例はダイヤグラムを参照)。, 大宮駅 - 大船駅間を直通運転する系統と、途中駅の南浦和駅・赤羽駅・東十条駅・上野駅・蒲田駅・鶴見駅・東神奈川駅・桜木町駅・磯子駅が始発・終点となる系統がある。車両基地の存在や折り返し設備の関係で、浦和駅・川崎駅・横浜駅などの主要駅より1駅手前までの運行となる電車が多く運転されていることが特徴である。, 朝夕ラッシュ時は約2 - 3分間隔、日中時間帯は5分間隔(1時間に12本)で運行されている。ただし、大宮駅 - 南浦和駅間および蒲田駅 - 横浜駅 - 磯子駅 - 大船駅間では運行間隔が広がっている時間がある。日中時間帯は全列車が快速(後述)として運行されている。, 早朝・深夜以外(日中時間帯が中心)は東神奈川駅 - 桜木町駅・磯子駅・大船駅間で横浜線の電車(8両編成、列車番号末尾K)と線路を共用するが、運転系統と使用車両は相互に独立している。, 日本国有鉄道(国鉄)からJR東日本に移行後の1988年3月13日一本列島ダイヤ改正より山手線と並行する田端駅 - 田町駅間で日中(10時30分 - 15時30分ごろ)に快速運転を開始した。この「快速」は各駅に停車する山手線電車に対する快速であり、当該時間帯は京浜東北線の全電車が快速となる。全駅とも追い抜き設備がないため京浜東北線電車同士の追い抜きは行われない。, 運転開始当初の田端駅 - 田町駅間での途中停車駅は上野駅・秋葉原駅・東京駅であった。その後、2002年3月のJR東日本による東京モノレールの買収により、同年7月14日から東京モノレール羽田空港線との乗り換え駅である浜松町駅にも停車するようになった[9]。品川駅は京浜東北線と山手線が別ホームとなっており相互乗り換えに階段などを使用する必要があるため、隣の田町駅が快速運転開始当初から停車駅となっている。2015年3月14日のダイヤ改正にて、新たに神田駅を停車駅に追加し、中央線快速との乗り換えの向上を図り、この日の上野東京ラインの開業に合わせて、土曜・休日ダイヤでは御徒町駅にも停車するようになった。, 年末年始(例年12月26日 - 翌年1月4日)は特別ダイヤを設定して快速運転を中止し、終日各駅に停車する体制を取っていた。しかし、2015年3月のダイヤ改正で前述の御徒町駅の土曜・休日ダイヤにおける快速停車化に伴い、2015年12月30日から2016年1月3日にかけても引き続き快速運転を行っている(これは2016年度以降も同様[16])。なお、快速運転時間帯に山手線で人身事故などによる運転見合わせやダイヤの乱れが起きた場合などは快速運転を中止して各駅に停車することがある。, 田端駅 - 浜松町駅間以外では終点まで各駅に停車するため、電車の行先表示機は始発駅から快速運行区間終了まで「快速」の表示で運行されるが、快速運行区間を過ぎると「各駅停車」表示へ変更される。, E233系1000番台(10両編成)を使用し、保安装置は全線ATC方式となっている。2003年12月21日より南浦和駅 - 鶴見駅間でデジタル式ATC (D-ATC) が導入され、日本国内の在来線鉄道では初の事例となった。この結果、翌2004年3月13日のダイヤ改正で朝のラッシュ時に上下各2本の増発が実施されている。なお、2009年8月14日にはD-ATCが全線に拡大された。, 列車番号は、3-4桁の数字とその末尾にA-Cのアルファベットが付き、最初の3-4桁の数字の上2桁(時間帯により1桁)は始発駅の発車時間帯(24時制)を表し、下2桁は運用番号となる方式を採用している。運用番号は01から始まり、南行電車では、下1桁に奇数を用いた運用番号となるが、北行電車では、その運用番号から1を減じた偶数を用いた列車番号となっている(東海道本線と列車の方向と列車番号の奇偶数を合わせるため)[注 4]。末尾のアルファベットは、運用当日の出庫場所によって異なり、Aはさいたま車両センター・元下十条運転区にある留置線から出庫の運用、Bは大船・磯子・桜木町・上野・大宮を始発駅とする運用と鎌倉車両センターの磯子派出所・東神奈川派出所から出庫の運用、Cは大田運輸区(旧蒲田運輸区)の留置線から出庫の運用となっている。, 1988年の快速運転開始以前は、保線工事の間合いを確保するため、平日の日中時間帯に田端駅 - 田町駅間で複々線の片方を使用停止し、どちらか一方の線路に京浜東北線と山手線の電車が交互に運転され、運転線路も1か月ごとに交代していた。この区間の各駅ではホーム上の路線案内看板の「番線」表示が矢印付きの切り替え式(例えば「[5]←|[5]←」「[5]←|→[6]」「→[6]|→[6]」のように島式ホームのどちら側にも表示できる)となっていて、時間帯や月によって案内を変更していた。, 現在でも年に数日程度「リフレッシュ工事」と称してこの区間で山手線と京浜東北線の保守点検作業を日中に実施して2線が同一線路で運転を行うことがある。この場合京浜東北線は全列車が各駅停車で運行され、田端駅 - 東京駅 - 田町駅間で山手線と交互に同一の線路上を走行する。実施日は晴天率が高い9月末 - 10月の平日となることが多い。それに対応して、この区間では山手線11両編成化の後に京浜東北線のホームも11両編成が停車可能なように改築されたほか、前述区間の発車標には種別表示に「山手線」か「京浜東北線」を表示して対応している。また山手線のホームドアも京浜東北線のE233系10両編成が停車しても支障がないように設置されている。, 京浜東北線は、車体にスカイブルー(■)の帯を巻いた電車で運転されている。所属車両基地はさいたま車両センター(2015年3月13日までは浦和電車区)である。, E233系導入過渡期の光景:京浜東北線用209系0番台(左)とE233系1000番台(下十条運転区), 京浜東北線の電車は2010年1月25日以降、すべて片側4扉車両10両編成となっている。, 2010年4月19日より、平日朝通勤時間帯の大宮駅→東京駅の全電車(東京駅到着7:30 - 9:30)、大船駅→品川駅の全電車(品川駅到着7:30 - 9:30)の3号車を女性専用車両に設定している[報道 3]。, 2024年度のワンマン運転開始に合わせて、新型車両の導入が検討されている[15]。, 京浜東北線用209系ウラ24編成(2006年8月29日 東京駅 - 有楽町駅間)。この編成は京浜東北線での運用終了後に南武線へ転用された後、BOSO BICYCLE BASEに改造された。, 京浜東北線は近年ダイヤの乱れが多く、そのうち人身事故の発生件数で見ると2004年 - 2008年は中央線快速を上回っている(2006年は京浜東北線27件・中央線快速15件、2007年は京浜東北線38件・中央線快速29件)。また、209系の機器劣化による車両故障などのトラブルの多発や、大宮駅 - 横浜駅までの全区間が他の路線と並走しているため隣接する他路線のトラブルを起因とする京浜東北線のダイヤ乱れや運転見合わせが頻繁に発生したため、2007年12月からは故障に強いE233系1000番台にて車両を置き換えた。, 東海道線と並走する区間、特に大森駅 - 蒲田駅間の開かずの踏切である「学校踏切」は、2005年には、早朝の人身事故の影響によるダイヤの乱れにより長時間開かなかった当該踏切を強行横断した女性1人を撥ねる人身事故が発生し、マスメディアに取り上げられた。, 2019年度の混雑率は、北行(大井町 → 品川間)で185%、南行(川口 → 赤羽間)で173%である[20]。, 1975年の時点で10両編成、毎時24本の高頻度運転がなされており、当時はこれ以上の輸送力増強は極めて困難とされていた。南行の最混雑区間は2014年度まで上野 → 御徒町間だったが、同区間の混雑率は2002年度まで毎年230%を越えるほどの激しい混雑であった。日本の鉄道路線でも、並走する山手線とともに首都圏で最も混雑率が高い路線となっていた。宇都宮線、高崎線、常磐線の3路線が上野駅発着であり、東京駅を縦断する路線が当路線と山手線のみだったことも混雑に拍車をかけていた。, 2003年に保安装置がD-ATCに更新されたことにより本数の増加が可能になり、2004年のダイヤ改正でラッシュ時の本数が2本増発されて毎時26本となった。2007年度から広幅車両であるE233系1000番台を導入すると1車両あたりの定員も増加し、2009年度は南行の混雑率が198%となり、初めて200%を下回った。上野東京ラインの開業後は上野 → 御徒町間の輸送人員が大幅に減少し、2015年度から南行の最混雑区間は川口 → 赤羽間に変更となった。, 品川駅から鶴見駅までの各駅は一日平均乗車人員が8万人を越えており、特に大井町駅と蒲田駅は東海道線が停車しない駅でありながら一日平均乗車人員が10万人を越えている。また、赤羽駅から大宮駅までの各駅は与野駅を除いて一日平均乗車人員が5万人を越えており、西側に並走する埼京線と比較しても乗車人員が多い。最も乗車人員が少ない駅は上中里駅であり、東京都区内にありながら一日平均乗車人員は1万人を割り込んでいる。, 以下では、京浜東北線の設置駅と快速停車の有無、接続路線、所在地などの一覧を、北側(大宮駅)から南側(横浜駅)に向かって記す。駅ナンバリング(駅番号)は大船駅を起点(JK 01)としている。, 運転系統 : 東海道線 - 横須賀線 - 湘南新宿ライン - 上野東京ライン - 京浜東北線 - 山手線 - 相鉄・JR直通線貨物線・支線 : 東海道貨物線 - 品鶴線 - 高島線, 静岡地区 - 名古屋地区貨物線・支線 : 名古屋港線 - 稲沢線 - 美濃赤坂線 - 沼津港線(廃線) - 西名古屋港線(名臨高に移管) - 南方貨物線(未成線), 琵琶湖線 - JR京都線 - JR神戸線 / 京阪神快速 - 京阪神緩行線貨物線 : 北方貨物線 - 梅田貨物線 - 大阪貨物ターミナル線 - 神戸臨港線(廃線), 旧東海道本線 : 根岸線(横浜駅 - 桜木町駅) - 御殿場線(全線) - 奈良線(稲荷駅 - 京都駅) - 清水港線(清水駅 - 三保駅)新幹線 : 東海道新幹線 - 山陽新幹線(新大阪駅 - 新神戸駅), 東海道線〈東海道本線〉 - 横須賀・総武線(快速)〈横須賀線〉 - 京浜東北線・根岸線 - 横浜線* - 南武線* - 鶴見線 - 山手線 - 中央線(快速) - 青梅線 - 五日市線 - 中央・総武線(各駅停車) - 宇都宮線〈東北本線〉 - 高崎線 - 埼京線〈一部区間赤羽線〉 - 常磐線(快速) - 常磐線(各駅停車) - 京葉線* - 武蔵野線* - 湘南新宿ライン - ■上野東京ライン - 相鉄線直通列車(*印は「東京メガループ」), ■■川越線 - ■相模線 - ■八高線 - 伊東線 - ■常磐線 - 中央本線, ■ 総武本線 - ■成田線 - ■鹿島線 - ■外房線 - ■東金線 - ■内房線 - ■久留里線, ■八高線 - ■信越本線 - ■上越線 - ■吾妻線 - ■両毛線 - ■水戸線 - ■日光線 - ■烏山線, 1929年頃の桜木町駅付近。横浜駅移転に伴い、1930年に旧神奈川駅から旧横浜駅(2代目)までの線路を付け替え。, 田端 - 赤羽 - 池袋には区間外乗車の特例がないため、通常の乗車券では上野方面から池袋方面に乗り換えることはできない(田端 - 赤羽が重複乗車となる)。, 東京駅 - 有楽町駅間を含む定期乗車券や特別企画乗車券などの利用を除き浜松町・新橋方面からのみ乗り換え可。, 例えば、南行電車の運行番号が47で運行されていた場合、折り返し北行電車として運行される場合には、運行番号が46となる。, 先行列車は固定閉塞で捕捉するが、自列車は閉塞単位で減速・停止するのではなく、先行列車のいる閉塞の手前で停止するように制御される。JR東日本では同項第3号による方式と合わせて「ATC方式」と呼称している。, JR東日本、11月16日に山手線と京浜東北線で線路切換工事に伴う運休 高輪ゲートウェイ駅開業に向けた工事の一環, http://www.jreast.co.jp/press/2014/20141222.pdf, https://www.jreast.co.jp/press/2020/20200407_ho01.pdf, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=京浜東北線&oldid=80187272, 東京駅の開設とともに京浜線電車の運行が開始されたが、準備不足により開業日早々に来賓を乗せた下り電車が立ち往生するトラブルを引き起こした。, 1925年11月1日に開業した東北本線の電車線である東京駅 - 田端駅間(山手線が環状運行で使用)に乗り入れ、また田端駅 - 赤羽駅間は東北本線列車線(複線)に添う形で建設された電車線(複線)を増設することによって運転区間が延伸された。, 現在のような京浜東北線の運行形態が始まる以前より、東北本線列車線(田端駅、王子駅経由)の上野駅 - 大宮駅間には、三等車のみで区間運行する列車が複数設定されていた。, 4月19日:平日朝の7時30分から9時30分までに東京駅に到着する南行、品川駅に到着する北行の電車に女性専用車両を設定。, 京浜東北・根岸線では1965年から1998年まで運用され、ATC対応や冷房付の同系列新造車両に入れ替えながら209系の量産投入まで長く主力として運用された。, 京浜東北・根岸線では1989年から1996年まで運用されていた。ただし、209系の量産投入までのつなぎ的な位置付けで、最大でも6本と少数勢力であった。, 接続路線名 : 東日本旅客鉄道の路線名は運転系統上の名称。駅名が異なる場合は⇒印で駅名を記す。, 川口市は南浦和駅 - 蕨駅間でも通るが、この区間に駅はない。また、神田駅 - 東京駅の間で東京都, 東神奈川駅 - 横浜駅間について、横浜線からの根岸線直通列車は京浜東北線の線路を経由している。.